渚が祐樹の部屋に居候するようになってから、千尋は祐樹と仕事帰りの短い時間に時々会うようになっていた。
「どう? あれから渚のこと何か思い出した?」
隣を並んで歩きながら祐樹は聞いてくる。
「それが……まだあまり思い出せなくて」
「そっか。まあ焦ることは無いと思うけどな。ところで千尋。俺、仕事まで2時間くらい空いてるんだ。これから飯食いに行くつもりなんだけど一緒に行かないか?
いつの間にか祐樹から千尋と呼ばれるようになっていた。一人で家に帰って食事するのも寂しいし、何より気さくな態度で接してくれる祐樹の隣は居心地が良かった。
「うん、それじゃ行こうかな?」
「よし。決まりだな。実はこの先に新しくパスタの店がオープンしたんだ。前から行ってみたいって思ってたんだけど、どうも男一人じゃ入りにくくて。千尋が一緒に来てくれて良かったよ」
「そうなんだね」
頷きながら、千尋は疑視感を覚えた。
(あ……そう言えば以前もこんな風に誰かと一緒に歩いたことがあるような……)
千尋は足を止めた。
「ん? どうしたんだ?」
ついてこない千尋を振り返り、祐樹は足を止めた。
「うううん、何でもない」
千尋は慌てて祐樹の背中を追った――
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「あ~美味かったな」
店を出た祐樹の顔には満足気な笑みが浮かんでいる。
「うん、美味しかったね」
「悪いな、送ってやれなくて。これから塾のバイトだから」
「そんなこと気にしてるの? 私に構わず早くバイトに行って。遅れたら大変でしょ」
「ああ、それじゃあな」
祐樹は手を振った。
「うん、それじゃあね」
千尋は背を向けて歩き出そうとしたその時、突然祐樹に右手を強く引かれた。
「え?」
振り向くと祐樹が真剣な目で千尋を見つめている。
「あ、あのさ……」
「びっくりした……どうしたの?」
「俺達、付き合わないか?」
「え?」
千尋は突然の話に目を見開いた――
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22時半――
祐樹が仕事から帰ってきた。
「おい、祐樹。どういうことだよ? お前そのまま仕事に行って来たのか? なら連絡位寄こせよ。こっちは飯作って待ってたんだからな」
渚がスマホをソファに放り投げて文句を言った。
「ああ、悪かったな。連絡しなくて。飯、外で食って来たんだ」
「だったらちゃんと連絡しろよ」
「分かった、今度からそうするよ」
祐樹はドカッとソファに座り、そのまま黙ってしまった。